ディスカッション(議論)とダイアログ(対話)
「学習する組織」を読んでいて、ディスカッションとダイアログの区別が気になったのでメモをする。
特にリモートワークになってから、暗黙的なコミュニケーションが減り、意識的なダイアログの時間を取る必要を感じている。
第11章のチーム学習より。
ボームによれば、ダイアログに必要な3つの基本条件は次の通りである。
1. 全参加者が自分の前提を「保留し(吊るし下げ)」なければならない。つまり自分の前提を文字通り「みんなの前で吊り下げるように」しておくのだ。
2. 全参加者が互いを仲間と考えなければならない。
3. ダイアログの「文脈を保持」する「ファシリテーター」(進行役)がいなければならない
ダイアログの目的は、一人の人間の理解を超えることだ。
「ダイアログでは勝とうとする者はいない。ダイアログがうまくいってるなら全員が勝者だ」
ダイアログでは、複雑で難しい問題を、様々な観点から集団で探求する。
個人は自分の前提(推測によう思い込み)を保留するが、その前提を自由に話し合う。
その結果、関係者の経験と思考のいちばん深い部分までを表面化させながらも、個々の考えを超えて先に進むことのできる自由な探求になる。
ダイアログでは人は自分自身の思考の観察者になる。
特に分かりづらい「前提を保留する」について。
ある人の前提を「いわば自分の前に吊るし、いつでも質問したり、観察したりできるようにしておくこと」。
前提を抑圧する、捨てるという意味ではない。
「自分の立場を譲らず、これはこういうものだ」と決めつけてしまうとダイアログの流れはせき止められる。
ボーアとアインシュタインが、量子論と相対論の立場で決裂して、両者を統合する理論が2人で生まれるきっかけがなくなってしまったと主張している。
ダイアログとディスカッションのバランスを取る。
チーム学習では、ディスカッションはダイアログと対になるものとして必要不可欠である。
ディスカッションでは様々な意見が提示され、弁護されるので、全体状況の分析として役に立つ。
ダイアログでも、さまざまな意見が提示されるが、それは新しい見方を発見するための手段としてのことだ。
ディスカッションでは決定がくだされ、ダイアログでは複雑な問題が探求される。